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吉野復興大臣記者会見録[平成29年9月22日]

吉野復興大臣閣議後記者会見録(平成29年9月22日(金)10:50~10:57 於)復興庁会見室)

1.発言要旨
 おはようございます。今日は報告事項は特にございません。
2.質疑応答
(問)昨日、福島県を視察されまして、双葉町の特定復興再生拠点の帰還困難区域の場所を視察されたと思うんですが、復興拠点整備に向けまして、改めて視察をした上での御感想と今後の思いをお聞かせください。
(答)双葉駅から入りまして、駅西地区、駅東地区を視察させていただきました。その後、双葉町の役場、本当に6年半前のあの慌ただしい状況そのままの役場でしたけど、屋上に上がって本当に晴れていいお天気だったものですから、全体の計画を見渡すことができました。
 先般、認定されましたので、その計画に沿って一日でも早く進めて、駅の開通が2年後に予定されていますので、5年という期間はありますけど、まずは駅周辺を2年後に解除したいという町長さんの思いもございました。まずは、それに向けて全力で復興庁として支援できるところは支援していきたい、このように考えています。
(問)先日、オリパラ大臣の方から「復興『ありがとう』ホストタウン」構想についての発表がありました。被災3県を対象に、東京オリンピックまで国際交流を後押しする趣旨だと伺っております。
 大臣としても、どのようなお気持ちで受け止められたかということを一言お聞かせください。
(答)「復興五輪」でございますので、岩手県選出の鈴木先生がオリンピック・パラリンピック担当大臣になられたということは、本当に復興五輪を進める上で大事な、そして、安倍総理も、政府も復興五輪をきちんと意識をして鈴木先生を任命されたというふうに思っております。
 そういう意味で、力強い後押しをお願いしたい。二人三脚で頑張っていきたい、このように考えています。
(問)先だって、福島市と浪江町を結ぶ114号が開通しました。副大臣と一緒に同行でこの間、視察に行っているんですけど、大臣は、114号のところは通られましたか。
(答)はい、通りました。ちょうど20日の日の朝6時に開通したんですけど、私は午前、お昼近くに掛けて福島から114号を通って原浪トンネルを抜けて南相馬まで行かせていただきました。
 その感想は、私も昔から通っている道なものですから、この道が通れば葛尾村にすぐ行ける。でも、まだそこはストップかかっているんです。メインの道路は開通しましたけど、これからは支線の道路も、地区の住民の方々も通れるようになればいいなと、そんな思いもございます。でも、まずは本当に開通して良かったなと。そこには周辺住民の方々の御協力、これがあったということでございますので、改めて感謝を申し上げたいと思います。
(問)浪江の帰還困難区域の津島辺りの住民の方々には、諸手を挙げて賛成という方ばかりじゃないというふうに聞いておりますが、そういった思いを、大臣はどうやって受け止めていますでしょうか。
(答)浪江の津島もいわゆる復興拠点エリアで、114号から旧道なんですけど、そこも通らせていただきました。実は私事ですけど、双葉郡で衆議院選挙に出るときに、双葉郡内で一番最初に後援会がつくられたところが津島地区でございます。ここには会長さんのお宅、幹事さんのお宅という形で久しぶりに見させていただきました。
 額賀先生と線引きされる前、津島に入りました。そのときには原浪トンネルの角で90マイクロシーベルトだったんです。タイベックスも着ていない、マスクもしていない、区長なども全員、普段の格好をされていたということで、そんなことから思うと、本当にきちんと開通されたということは、津島の方々の御協力があったんだなと、こんな思いで通ってきました。

(以    上)

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