被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
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62 えて魚本来の旨みを引き出すこと(品質)、②消費者の利便性を向上するため消費期限を延ばすこと(保存性)、③生産の効率化を目指した。 干物の加工は、防腐剤などの保存料を使用することが一般的であるが、当社は消費者イメージへの影響、食味への影響、そして何より魚本来の美味しさを伝えたいという商品へのこだわりから、前処理液に保存料を使用しないことに拘った。しかし、保存料を使用しなければ解凍後すぐに务化や腐敗が起こる。かといって、保存性を高めるために塩分濃度を濃くすると食味に悪影響を与える。品質と保存性の向上を同時に満たすためには新しい加工法が必要であった。また、干物の製造工程では、衛生管理、紫外線による脂質の酸化という天日乾燥の問題点を克服するため、店舗内から冷房風を吹きつけて乾燥させた。しかし、乾燥に48時間も要し、効率が悪く経費がかかり、生産数が増えず品質も安定しないという新たな問題に直面した。 そこで、小笠原社長は、新たな加工法の確立と製造工程の効率化における技術課題を克服するため、岩手大学農学部三浦靖教授との共同研究に着手。久慈市では、2006年頃から岩手大学と連携して、研究シーズと地域企業とのマッチング事業を開始しており、三浦教授との共同研究も地元企業経営者と岩手大学の研究者が集う「久慈・車座研究会」を通じて始まった。「素材の美味しさをそのまま活かしたい」という小笠原社長のニーズと食品加工・保蔵法の開発を専門とする三浦教授の技術シーズが見事にマッチングした。その後、ハーブの一種であるローズマリーの抽出物とグルコン酸塩を調合した前処理液の開発に成功。抗酸化作用のあるローズマリー抽出物を使用することで生臭さの原因となる脂質酸化を抑え品質を向上させるとともに、食塩の代わりにグルコン酸塩を使用することで食味に影響なく保存性も同時に向上させた。そして、前処理液に漬けた魚を乾燥させる工程には、乾パスタや乾麺製造に用いられる「低温・低湿環境乾燥法」を取り入れ、段階的な温度・湿度・時間プログラムを最適化することで乾燥時間の短縮にも成功。小笠原社長の品質に徹底的に拘る探究心が、多忙を極める三浦教授の協力を引き出し、ハーブの活用という思いもよらない解決法を手繰り寄せた。 しかし、実証研究から実際のビジネスに落とし込むためには乗り越える課題はいくつもある。苦労したのが、高額な乾燥器を導入するための資金調達であった。資金調達は助成金の申請が不慣れということもあり、応募してもなかなか採択されなかった。それでも行政や地元企業から補助金情報の提供を受けながら粘り強く取り組んだ結果、「公益財団法人さんりく基金」と「いわて産学連携推進協議会(リエゾン-I)」の研究開発事業化育成資金を利用することができた。乾燥機は2013年11月に当社に導入されたばかり。これから実際の製造現場にて実需レベルでの製造工程を確立していくという。 現在、商品化に向けて、商品名称とデザインを検討する一方、適正な価格設定という問題にも直面している。ローズマリーを使った干物の製造は、冷風乾燥を無くすことでコスト削減を図れるものの、ローズマリーの抽出液を使用するためその分のコストアップに繋がる。当社では、通常の干物、例えばホッケの干物であればだいたい1匹290円前後の価格帯で販売していることから、ハーブのホッケ干物は350円前後が市場に受け入れられる価格帯という。「たとえ利幅は小さくなっても防腐剤(保存料)は使わない」との考えを持つ小笠原社長は、「保存料を使わないという安心・安全」、「魚本来の美味しさ」という価値を消費者に伝えていくことに注力したいと考え、対面販売で商品価値を実感してもらうことを目指している。 '4(エッセンス'大切なこと( 導入された乾燥機 当社は魚介乾製品の開発で直面した技術的な課題を岩手大学との共同研究によって克服し、商品化の最終段段階に入っている。小笠原社長の「安心・安全で魚本来の味を活かした商品づくり」というブレない信念が産学連携による事業化を進める原動力となり、「ハーブ干物」への道を切り開いたのである。

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