被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
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36 め、日帰り温浴施設とホテルの両方に軸足を置いた施設利用型観光のプランを当初は企画していた。 2011年3月、震災と福島第一原子力発電所の事故が起き、その後の自粙ムード、風評被害と目まぐるしく状況が変化する中で、当社の加藤社長は、「こういう状況だからこそ、福島の人たちには手近なレジャーが必要だ」と考え、日帰り温浴施設「いいざか花ももの湯」への投資に踏み切った。 '3(チャレンジ'挑戦( 震災後1年目の飯坂温泉の入込客数は約95万人であった。飯坂温泉は福島市部に近いという立地条件もあり、県外の警察官、医療関係者等の貸切利用、復興ボランティア等の滞在利用によって入込客数が大幅に増加し、震災前と比較すると17%も増加した。2年目である2012年は尐し落ち着き、約86万人となっているが、それでも震災前より5%増加している。現在は、主に除染作業員の宿泊利用が飯坂温泉全体で100人/日くらいあり、年間のべ3万人ほどの入込客数となっている。 これらの復興特需はいつまでも続かず、実質的な観光客は減尐し続けているという点が飯坂温泉の課題である。飯坂温泉では後継者不足に加えて県外避難などの影響もあって働き手が減っており、除染作業員の人たちが引き揚げたら旅館を廃業することを決めている経営者は多い。また、現在でも風評被害は深刻で、2013年8月に原子力発電所の汚染水漏れがレベル3に引き上げられて以降、汚染水に関する報道がTVで流れるだけで宿泊客のキャンセルが相次ぐ状況にある。 このような状況に一石を投じたのが、2013年4月の「いいざか花ももの湯」のオープンである。開業からわずか10か月で利用客数が10万人に達した(2014年1月末現在)。利用客数のうち、福島県内の利用客は全体の60%、宮城県からの利用客が11%であり、近隣地域の利用客の取り込みに成功している。また、開業前と比較して利用客の年齢層が若返り、子供連れの家族やカップル客、女性グループの利用が増えている。 当社では、ホテルと日帰り温浴施設を地元の人たちが集うコミュニティセンターとして使って欲しいと願っている。福島では県内外の避難者が戻れる場所はまだなく、地縁や血縁が崩壊している状況にある。当社は2013年11月に浪江地区などの避難者150名を「いいざか花ももの湯」に招待して慰労会を開いたが、こうした取り組みがきっかけとなって避難者の家族や知り合いがリピーターとなり、週末や祝日に集って温泉につかり、会食するというケースが最近では増えてきている。 当社は現在、福島交通株式会社との乗車券と入浴券のセット販売やラッピングカーによるPR、県内医療機関との保養所契約など、地域企業との連携を図っている。観光産業は地域の歴史、文化、交通、地産地消、雇用の問題と密接に関わっているために地域の経済波及効果は大きい。それだけでなく、当社の取組は地域住民への癒しの提供と風評被害の払拭という効果をもたらしている。 '4(エッセンス'大切なこと( いいざか花ももの湯 当社は、滞在型観光モデルからの脱却を果たし、新たな地域内需要を掘り起こすことに成功した。さらに、飯坂温泉地域では当社の取り組みをきっかけに、わずかなお客を奪い合う旅館経営ではなく、先を考えて地域資源や人を有効に活用することが重要という認識が生まれつつある。飯坂温泉では最近、震災前からある廃屋旅館26軒のうち20軒を取り壊し、景観美化につなげる動きが出ている。また、国際原子力機関'IAEA(や海外メディアの関係者が利用するために、欧米からのインバウンドの客も増加しつつある。さらに、旅館組合では若手を中心に、東京オリンピックの国内強化合宿の受け入れも見込んで新しい活動が始まっている。

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