被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
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24 際品質規格ISO 22000を2010年に取得し、現在は食品安全システム認証FSC22000への切り替えに取り組むなど、顧客に対して「やさしさ」(=安全・安)を提供することを社是としている。 福島第一原子力発電所の事故については、食品加工会社の経営上のリスクとしてまったく認識していなかった。「原発は絶対安全。もし万が一原発に何かトラブルがあっても、風が太平洋に向かって常に吹いているために放射能の影響はほとんどないと言われてきたし、それを信じていた」と岸社長は述懐する。しかし、事故の発生後、経営環境は激変する。工場のラインが稼働可能になっても商品は売れず、震災前に納品した商品が返品されてきたこともあった。 岸社長はこうした状況において、「人の噂も七十亓日というが、風評被害については原因の素が福島にあり続ける限りは噂ではない。消極的な対応はダメ。積極的に安全であることを訴えていかなければならない。そのためには徹底的にデータを取って示すことだ」という信念を持っている。 '3(チャレンジ'挑戦( 2011年3月末には水道水が、4月からは全ての製品が放射線検査の対象になった。しかしながら、検査機関はどこも予約がいっぱいで検査結果を待つ間、製品の供給をやめるわけにはいかない。こうした事態を打開するため、2011年12月に放射線検査機器を購入した。放射線を測定する機器は複数あり、中でも「ゲルマニウム半導体検出器」と「ヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器」は、食品中の放射線測定に使用される代表的な検査機器である(前者の方が検出限界1がより低い値を検出できるが、検査に時間が掛る)。当社は、シンチレーション検出器で50bq/kg(ベクレル/キログラム)の検出限界に達した場合、ゲルマニウム半導体検出器(検出限界8bq/kg)で再チェックし、不検出を確認している。2012年4月に国が定めた一般食品の放射性セシウムの新基準値は100bq/kgであるが、食品流通業界では10bq/kgが一つの目安になっている。食品メーカーがこれくらいしないと安全・安心を訴えることができない状況にあり、風評被害の深刻さを物語っている。 当社は、ロット毎に毎日抜き取り検査を実施し、検査機関にも依頼して検査結果を照合した上で、安全性証明書の交付を受けている。その効果は最近になって現れはじめ、取引量は回復しつつある。 また、当社では営業領域の拡大を目指し、営業マンを増加した。従来から手掛けていた医療・介護分野における栄養ゼリー食の営業にも力を入れ、売上を増加させている。さらに、新商品開発にも力を入れている。当社は冷凍デザート類の専業メーカーであるために、冬場の売上が夏場に比して1/3まで落ち込むことが常であった。そこで焼き菓子を中心に商品開発を実施した。ケーキのスポンジなど、それまで外注していた商品を自社で内製化し、プリンなどを組み合わせたスイーツを製造・販売するようにした。試作品はすべて社員とその家族が試食し、試行錯誤を重ねた。こうした努力が実を結び、2013年度は増益が見込まれている。 '4(エッセンス'大切なこと( 1 検出限界:汚染がないと仮定して、検出した結果がこの値以上であれば汚染があるかもしれないという判断を示す基準値。検出結果が基準値以下であれば、汚染があるとは言い切れないという意味で、「不検出(ND)」とされる。 現状においてなお、当社では福島県産の果物を使用した商品は提供ができていない。業務用デザートとして売り先が見つからないのである。岸社長は福島県の食品産業協議会の会長も務めており、県下の食品加工企業に対して自前の放射線検査とデータ取得の大切さを訴えている。岸社長は、現在はロット単位で抽出したサンプルで破壊検査しかできないが、風評被害の真の克服に必要なものは、非破壊検査による全数調査の方法の確立だと考えている。同時に、福島県の農業は新しいかたちで再生しなければならないと考えている。原発事故を契機に、水や肥料の管理、作り方、作物の管理方法など、農業そのものが変わったことを証明できなければ、風評被害は続くと考えている。

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