被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
33/146

20 限界があるため、加工を分担する企業を増やす必要が出てきた。加工工場が復旧した4社を新たに加え、計6社が輪番で加工を行うこととなった。しかし、新たに加わった4社はタコのボイル加工の経験が尐なく、もみ洗いの仕方、茹で方、塩加減といったノウハウもバラバラであった。このため、もみ洗い工程でタコの足や皮がぼろぼろになったり、茹で方によって色がばらついたり、塩加減も違ったりと、仕上がりが各社で異なり、需要先から以前の食感や味との違いを指摘されるようになった。 '3(チャレンジ'挑戦( 「新鮮なタコを水揚げしてもボイル加工がこのままの状態では、相馬市から出荷するタコの評判が全て駄目になってしまい、今後の試験操業における流通を左右しかねない」という地域全体での危機感の下、当漁協と相馬原釜魚市場買受人協同組合はともに対応を検討した。検討の結果、買受人協同組合の組合長であり、最も優れたボイル加工技術を持つ㈱マル六佐藤水産の佐藤喜成社長は、「当社が長年にわたって蓄積してきた技術・ノウハウであるが、タコの品質を統一するために情報を各社に開示しよう」と決断し、買受人協同組合全体としてボイル加工の仕方を統一することとした。 仲買人企業にとって魚介の加工技術や味付け等に関するノウハウは、商品の差別化や付加価値を高める点でまさに生命線であり、その開示は企業としての存続にも関わる。しかしながら、佐藤社長は「地域の水産業が大変な状況にある」との認識の下に、自社の利益よりも地域全体の利益を優先した。遠藤本所部長は「地域のために自社のノウハウをオープンにした佐藤社長の英断は本当にすばらしく、地域の水産業が助けられた」と振り返る。地元の仲買人企業は、元来各社が独立しており横の連携に乏しかったが、震災後、各社は被災し個別での事業が難しくなった。そうした中、買受人協同組合の枠組みで連携していこうと先頭に立ったのも佐藤社長であった。 ㈱マル六佐藤水産は、率先してもみ洗いの仕方と所要時間、茹でる時間、塩味加減などタコのボイル加工の技術・ノウハウを各社に開示するとともに、同社の職人が他5社の工場に直接出向いて技術指導を行った。各社とも元々タコ以外の魚介のボイル加工には習熟していたため、技術・ノウハウの開示や技術指導により、容易に加工技術を理解・習得した。こうして、タコのボイル加工の水準は6社全て同じになり、相馬市から出荷されるタコは以前のような食感や味を維持することができた。遠藤本所部長は「福島県で水揚げされた魚介に対する見方が厳しい中、地域全体が、品質のバラツキを無くすこだわりを持って、風評被害に負けない良い商品を市場に出そうと心がけている」と語る。 '4(エッセンス'大切なこと( 本ケースは、原発事故の影響によって地域の水産業全体が厳しい状況に置かれる中、企業秘密である技術・ノウハウを同業他社に開示するという地域のリーディング企業の英断によって、地域全体として水産物の品質を維持したという非常時ならではの稀有な例である。しかし、こうした地域での懸命な取り組みの一方、福島県の漁業は依然操業自粛の状況にあり、試験操業で漁獲可能な魚種も放射能のモニタリング検査で安全が確認された32種類'2014年2月末時点(に限定され、出荷量も尐ない。 震災前、福島県沿岸は年間を通じ漁獲量・魚種ともに豊富な好漁場として知られ、獲れた魚介は築地市場で「常磐物」と呼ばれるなど味の良さで定評があった。かつての評判を取り戻すためにも、当漁協は、福島県産の魚介全てに対して放射能汚染の懸念が払拭されることを希望する。「技術の粋を集め、魚介の放射能に関し、非破壊検査可能な装置が、開発されることを望む」と遠藤本所部長は語る。 水揚げされたタコ

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です